相続税対策は専門家に任せるべき。でも法人の会計業務を丸投げするのはNG ~税理士・村田累実氏インタビュー
「相続税法を熟知していること」を強みとする税理士
村田さんのご経歴を教えてください。
元々は都内のダイビング会社で営業の仕事をしていたのですが、役職のある社員がみな独立をしていく、起業家養成所のような会社でした。
日々の業務を通じてあらゆる経験をし、自分のダイビングショップを開業していく上司達の後ろ姿を見ているうちに、「経営者の力になりたい」と考えるようになりました。それが税理士を志した理由です。
そこで26歳のときに転職をし、12年間、都内の税理士事務所で働きました。振り返ると、お給料をいただきながら3つの事務所で仕事を経験できたことが大きくプラスになっています。
税理士の仕事の仕方は事務所によって違いますので、いろいろなやり方を知ることができました。
とくに最後の事務所では相続税の案件を多く扱いました。私自身、相続税法をずっと勉強していましたし、開業したら相続関連の仕事をしたいと思っていましたので、大変有意義な経験を積ませてもらいました。
それで相続関連を扱う税理士事務所を立ち上げられたのですね。
今扱っているのは個人の相続業務が多く、生前の相続税対策のご相談や、相続税の申告業務などを行っています。
税理士なら誰でも相続税や事業承継の案件に対応できるかというと、そんなことはなく、そもそも相続税法を勉強していなければなりませんし、事務所によっては相続税の案件がほとんどないので経験を積めず、たまに相談が来ても別な専門の先生に依頼してしまうという話も聞きます。
相続税対策は、起きてからでは遅すぎる
相続税対策の基本的な考え方を教えてください。
相続税対策の基本は、「生前に行うこと」です。
人が亡くなったとき、財産を必ず法定相続分通りに分けなければいけないということはありません。
分割協議で相続人同士が話し合って、財産をどのように分けるかを決めます。
逆に、相続人以外は、いくら近しい関係であっても、分割協議に参加できませんから、遺言書がなければ財産をもらうことはできません。
かりに、相続人が相続した財産を相続人以外の人が受け取る場合には贈与税が発生してしまいます。
財産を誰に残したいか、どのように分けてもらいたいかは、生前にやっておかなければ対策ができないわけです。
生前対策としては、まず財産の一覧を作ることです。
亡くなってしまうと、ご家族は財産がどうなっているのかわからないケースが多いでしょう。
どこの生命保険会社と契約しているのか、クレジットカードは何枚あるのか、どの銀行や証券会社などにいくつ口座をもっているのか、どこに土地をもっているのかなど、そういったことを探し当てるのに苦労するわけです。
財産目録はいつまでに作らなければならないのですか。
亡くなる前、つまり生きているうち、に作っておくことがベストです。
相続税の申告期限は、亡くなられてから10か月後です(相続放棄や限定承認などの手続きに至っては3か月以内に行わなければなりません)。
財産を洗い出して財産目録を作り、それを分けるための分割協議を行うわけですが、まとまらずに何か月もかかることもあります。
それでも、10か月という申告期限は変わりません。間に合わない場合は「未分割」として、法定相続分で分割したものとして申告・納税をし、分割できたときにまたやり直さなければならなくなります。
認知症の場合に口座が凍結されると聞いたことがあるのですが。
認知症で口座は凍結されません。凍結されるのは、亡くなられたときです。ただし、認知症になってしまうと贈与ができなくなります。
贈与というのは、あげる方・受け取る方のどちらも意思表示できなければ成立しません。
ですから、認知症になってしまってからでは、生前であっても生前贈与はできないのです。
そうした場合にできるのは、とりあえず財産目録を作っておくことや、成年後見制度を使うということになります。
相続についてちゃんと考えていない人は多いのでしょうか。
資産家の場合は、多くの場合、代々、生前対策をしていますが、そうでない方は相続税のことをあまりよくご存じないのではないでしょうか。
「相続税って、まず相続が起きたらの話でしょう?」というぐらいのイメージだと思うんです。でも実際に相続が起きてからでは、できることが限られてしまいます。
相続税は、起きてから考えるのでは遅いのです。
財産目録を作ったら、次に何をすべきですか。
相続税がかかるか、かかるならいくらぐらいかという税額の試算です。それによって、生前贈与をした方がいいのかどうかを検討します。
生前贈与をするなら、いくらずつ何年かけて贈与していくべきなのか。たとえば資産総額が1億6千万円あって相続人が子1人だった場合、何も対策をしなければ相続税は3,260万円かかります。
かりに1年に100万円ずつ4人に贈与(贈与は誰にでもできます)をした場合、110万円以下なので贈与税はかかりません。毎年400万円ずつ贈与をしたとして10年続けると、相続財産は1億2千万円まで減り、節税額は1,440万円、20年で2,580万円の節税になります。
また、亡くなる前3年以内の贈与はなかったものになりますから、かりに短期間で生前対策を終えようという場合には、贈与税を払っても節税になるケースがあります。
たとえば毎年500万円ずつを4人(子1人、孫3人)に贈与をした場合、贈与税は4人分で毎年194万円かかります。
しかし生前対策を何もしなかった場合に比べると、6年継続した場合には、贈与税と相続税を合わせても2,056万円の節税になります。
ただし、贈与をしすぎると節税効果が減りますので、対策を始める前に適正額を試算する必要があります。
贈与をする場合の注意点などは。
注意点としては、株、土地、預金などをせっかく贈与したのに、名義財産とみなされてしまわないよう、気をつける必要があるということです。
たとえば預貯金を贈与する場合には、契約書をかわして、受け取る人の口座にお金を入れてもらい、通帳や印鑑の管理も受け取る人が行う必要があります。
あげた人が通帳や印鑑を管理していては贈与したことになりません。贈与した証拠を残すために、あえて111万円を贈与して、1万円分の贈与税の申告をすることを勧める税理士もいます。
贈与税の申告と、贈与が本当にあったかどうかということは別な話であり、いくら申告しても、贈与の実態がなければ贈与をしたことにはなりません。
そして一番いいのは、贈与を受けた人がそのお金を実際に遣うことです。
ただ、すぐには遣い道がない場合は、保険を使った対策があります。贈与された人が契約者となり、保険会社にお金を預けるイメージです。
それであれば「遣っている」という事実として認められるでしょう。税務署も「贈与の事実がない」とは言いきれません。
また、不動産を買う節税もあります。相続税の評価額が、現金のまま持っておくより不動産にかえた方が低くなるケースが多いためですが、この場合も、実際に相続税が下がるのかということをちゃんと試算する必要があります。
収益物件としての不動産であれば、現金を贈与し、贈与されたお金で不動産を買って賃貸収入を得る場合には、その家賃収入は贈与された人のものになります。つまり財産を下の世代に落としていくことができるわけです。
養子縁組をする方法もあると聞きました。
養子縁組をすれば、法定相続人の数を増やせ、基礎控除額が上げられます。たとえば、相続人がお子さん1人しかいない場合、3,600万円を超える遺産には相続税がかかります。
でも、その下の世代がいる場合、例えばお孫さんを養子にすることで相続人を2人にすることができ、基礎控除額を4,200万円に上げることができます。
昔は10人、20人と養子をとって法定相続人の数を増やし、基礎控除額を上げることで相続税を免れることがあったそうですが、今では子どもが1人以上いる場合には、養子は1人までと制限がかかっています(これは税法上の計算についてのみです)。
お嫁さんやお婿さんがよく面倒をみてくれたので財産を遺したいということで養子縁組をするケースもありますね。
ただし基礎控除額は上がりますが、2割加算となるケースが多いため、そういったことも把握した上で養子縁組をすることをお勧めします。また、養子縁組により苗字が変わる場合と変わらない場合があります。
たしかに、どの対策も生前でないとできないことばかりですね。
亡くなってからできる対策としては、財産の分け方によって小規模宅地の特例を使う、という方法があります。
住んでいた家や事業用の土地には80%、アパートなどの貸付用の土地には50%の減額措置があります。
また、配偶者は1億6,000万円まで税金がかかりません。
お父さん、お母さんと亡くなっていく場合、お父さんが亡くなったときが一次相続、お母さんが亡くなったときが二次相続になります。
この場合、二次相続のときには配偶者がいないので、配偶者税額軽減がありません。
このため、多くの場合、二次相続の方が税額が大きくなります。こうしたことも生前の一次相続が起きる前によく試算して検討しておいたほうがいいでしょう。
経営者の皆さん、税理士に何を依頼しているかご存じですか?
法人経営者のサポート業務についても教えてください。
相続の問題は、人生のうち1~5回位しか経験することはありませんが、法人では、決算期というものが毎年来ます。
最初に話したように、私はもともと経営者の力になりたいと思い、税理士を目指しました。
以前は何でも頼ってもらえるのはいいことだと思っていましたが、だんだん、それは違うと思うようになりました。
経営者は日々決断しなければいけないので大変だと思いますが、会社の数字を税理士任せにしてしまっているケースも多く見受けられます。
税理士さんにすべてお任せなので、という台詞をよく聞きます。
しかし、月末にいくら資金がなければならないのか、一年を通じてお金が出ていく時期はいつ頃なのか、という年間を通じたキャッシュフローを経営者ご自身がざっくりでも把握していないと、経営にはならないと思います。
決算書の読み方もわからないし、そもそも税理士に毎月払っている顧問料が何をお願いした対価なのかもわからない。それでは顧問料が高いのかも安いのかもわかりません。
よく「安い税理士を紹介する」なんて言われますが、何をもって安いのか、わからないことが多いですね。
そうですね。それで今、安い顧問料で税理士に丸投げというのではなく、税理士の敷居を低く身近な存在として利用して欲しいという思いから、「税理士による会員制サービス」の立ち上げの準備をしています。
この会員制サービスは、月会費5,000円でいつでも入退会でき、税理士がしている仕事内容を公開し、自社でできるようになってもらうサポートをするというものです。
日々の会計処理から決算書・申告書の作成、給与計算や源泉所得税の管理、年末調整、給与支払報告書の提出、償却資産税の申告、法定調書合計表など。
じつは、これらは日々ちゃんと管理していればそれほど大変なことではありません。合計額を納付書に書くだけで済む作業もあります。でも税理士事務所に任せていると、何をやっているかわからない。
そこで、この会員制サービスでは、個々の作業のやり方を5分程度の動画でお伝えし、フォーマットをエクセルファイルなどで提供する予定です。
社内に経理部署があったり税理士がいるような大きな企業では不要かもしれませんが、社長さん一人だけでやっている会社や、従業員が少ない会社、開業を考えている方などがこのサービスの対象です。
税理士を替えようかなと思っている人にとっても、そもそも今の顧問料は高いのかという判断材料にもなると思います。経理担当者の社内研修用の映像としても有用です。
スタートアップなどがよく利用するクラウド会計サービスなどは、使いにくいとの声もあります。
簿記の知識がない方にとっては、使いやすいと思いますが、自動で仕訳されてしまうために、簿記の知識があると使いにくいと感じられる方も多いと思います。
私も会計サービスやソフトは一通り使ってみましたが、どれも一長一短で、また、税務申告ソフトで納得のいくものはひとつもありませんでした。
会員制サービスでは、一方通行で情報を発信するのではなく、メール等でのサポートもしていくつもりです。
開業・設立当初の頃など、見たことがない書類が税務署から届くとドキッとしますよね。
そんなときに「これ何?」と聞ける人が身近にいたらいいという声が、このサービスを始めることにしたきっかけです。
そういった相談や、「映像をみて○○届を作ってみたけどこれで大丈夫でしょうか」といった相談にも、無料対応します。
このサービスで、税理士をそういうふうにうまく使ってほしいと思うんです。
経営者にもいろいろなタイプの方がいると思います。ご自身で会計処理ができて申告書まで作れる方もいらっしゃるでしょう。
そういった方の場合は、税理士に作業を頼みたいというよりも、相談、アドバイス、提案など、専門的な部分を税理士に求められているのではないかと思います。
顧問契約を結ぶのであれば、経営者として税理士に何を依頼したいのか、税理士に何を望むのかを明確にしてから顧問契約を結ばれてはいかがでしょうか。
最後に、お客様へのメッセージを。
まず相続税の申告に関するご相談ですが、日々思うのは、まったく同じというケースはないということです。
財産の大きさはもちろん、抱えている問題が一人ひとり異なります。
人生にかかわることであり、生きている間に何度も遭遇することではありません。また一回こっきりの申告ですので、税額計算は責任重大だと思っています。
一生のうちに何度も経験することのない相続税申告を自分でやろうとして、戸籍謄本を集めたところで疲れ果ててしまったという方もたくさんいらっしゃいます。
生まれて初めてのことであれば、大変ですよね。そういうときに専門家をうまく使ってほしいと思います。
相続税は毎年のことではないので丸投げの方がいいと思いますが、一方で、法人の会計は、経営者自身がわかっていなければいけないことだらけですので、丸投げはお勧めできません。
経営者ご自身が、普段から事業の状況を把握して、事業拡大や設備投資など大きな決断のかじ取りの材料になる、数字の見方をお手伝いしたいと思います。
事務所名 | 村田累実税理士事務所 |
代表者 | 税理士 村田 累実 税理士登録番号 第140295号 |
所属 | 東京税理士会会員 経産省認定 経営革新等支援機関 第56号認定 ID 105613010601 社会福祉法人支援対応会員 |
HP | https://tax-rm.com/ |
会員制サービス | https://member.tax-rm.com |
取材日:2019年8月13日