【FP寺田氏が回答】家族信託とは?知っておきたい親の老後のお金のこと
今や、国民病といわれるほどまでに増えている認知症患者。
70代以上の親がいる子ども世代にとっては、親の認知症は決して他人事ではありません。
認知症などで判断能力が低下した時、財産が動かせなくなるという「財産の凍結状態」になると、介護で苦労するだけでなく、お金や財産の管理で困り事が起こることになります。
親のために、親のお金が使えなくなる?
親が亡くなった時、銀行の預金口座が凍結されることは、一般的によく知られていますが、親が認知症などで判断能力が低下した時、子どもなどの家族が親名義の定期預金などの引き出しができなくなることはご存知でしょうか?
例えば、子ども達には介護の迷惑はかけたくない、お金の負担もさせたくないという希望を持った、ひとり暮らしの母親がいたとします。
母親は「私が認知症になったら、定期預金を解約して、自宅を売却して、そのお金で希望する施設に入れて欲しい」と考え、生活を切り詰めて、行きたい旅行も我慢して、定期預金に手を付けないように暮らしていました。
数年後、母親は認知症になり、意思判断能力が低下してしまいました。
そこで、子どもは、母親が希望していた施設へ入所させてあげようと、母親の定期預金の解約のために、銀行の窓口に行きました。
ところが、窓口の担当者からは「ご本人様の意思が確認できませんので、たとえご家族であっても定期預金の解約はできません。成年後見人をつけてください。」と言われてしまいました。
自宅の売却のために、不動産会社へ相談に行くと、銀行と同じように、担当者から「本人の意思の確認ができないと、自宅の売却はできません。成年後見人をつけてください。」と言われてしまいました。
このままの状態であれば、母親の希望を叶えるためには、子どもが施設の入所費用や介護費用を負担することになります。
子ども世帯は、住宅ローンを抱えていたり、自分の子どもの教育資金がかかる時期だったりして、親の介護費用の負担は、家計を大変圧迫します。
母親が認知症になった時、子どもに面倒や負担をかけたくないと考えて、貯めてきた定期預金が使えず、施設に入所すれば不要になる自宅を売却することも、賃貸のだすこともできず、子どもの家計を圧迫するという悲しい事態が起こることになります。
「親のお金があるのに、親のために使えない」という何とももどかしい状態です。
では、銀行や不動産会社の担当者が、すすめてきた成年後見人をつけるとはどういうことでしょうか?
「財産の凍結」を解除する「成年後見制度」
成年後見人をつけるには、「成年後見制度」を利用することを裁判所に、家族などが申し立てを行う必要があります。
「成年後見制度」は、判断能力が不十分な人に代わって、成年後見人が財産の管理を行ったり、介護などのサービスや施設への入所に関する手続を行う制度です。
裁判所の資料によると、「成年後見制度の申し立ての動機」で、最も多いのは「預貯金等の管理・解約」で、約42%を占めています。
親が認知症などで判断能力が低下した時に、子どもなどが施設への入所費用などに充てるために、親の預貯金等の解約などを行う必要に迫られて、「成年後見制度」の申し立てを行っているものと考えられます。
「成年後見制度」には、判断能力が低下した後に手続を行う「法定後見」と判断能力が低下する前に手続を行う「任意後見」があります。
このなかで「法定後見」は、様々な課題があり、利用については慎重に検討する必要があります。
課題がいっぱいの「法定後見」
「法定後見」は、親の判断能力が低下した後に、家族などが裁判所に申し立てを行い、成年後見人を選んでもらい、後見人が本人の財産を管理することになります。
では、その後見人には、いったい誰が選ばれるのでしょうか?
常識的には、配偶者や子どもなどの家族のなかから、選ばれるものと思われますが、約7割のケースで、弁護士や司法書士などの専門職が選ばれています。
選らばれた専門職の後見人は、裁判所の監督下のもと、本人の財産を守るために、通帳や印鑑などを管理することになります。
しかし、家族からすれば、専門職の後見人は、全く面識のない赤の他人です。
家族としては、見ず知らずの他人に財布を握られることになります。
親のための支出であっても、子どもは後見人にお伺いを立てることになります。
例えば、親が、介護が必要になった時には、子どもに迷惑をかけずに、ある程度グレードのある介護施設に入所して、快適に過ごすために、節約して貯めてきた預金があったとしても、後見人からは、本人が望んでいた施設よりのグレードの低い施設への入所しか認めてくれないことが起こります。
元気なうちに、本人が希望していたことであっても、本人の財産を守ること、減らさないことが優先されますので、何とも、常識にあっていない、理不尽なことが起こっています。
それなら、融通の利いてくれそうな後見人に替えて欲しいと考えると思いますが、一度選ばれた後見人は、本人の財産を使い込むなどの余程の不祥事がない限り、替えてしてもらうことはできません。
「相性が合わない」「家族の希望を聞いてくれない」などの理由では、替えてくれることはありません。
また、この制度は、申し立てを行うと、本人の判断能力が回復するか、死亡するまで、止めることができません。
専門職に財産の管理を依頼することになるのですから、当然に報酬がかかって来ます。
その報酬についても、家族が口をはさむ余地はなく、裁判所が勝手に決めてきます。
報酬額については、ケースバイケースですが、裁判所の資料によると、月額2万円~6万円です。
先ほどお伝えした通り、本人が死亡するまで、この制度は止めることはできませんから、もし利用する期間が10年に及んだ場合、最低額の月額2万円でもトータル240万円もの報酬を後見人に支払うことになります。
このような仕組みについて、皆さんはどう思われるでしょうか?
この制度を使いたいと思われる人は、あまり多くないと思います。
「法定後見」を利用したことによる後悔やトラブルは、様々なメディアで報道されています。
しかし、親が元気なうちに何もせずに、親が認知症などにより、判断能力が低下した場合に、親の財産が動かせなくなる「財産の凍結」を解除するためには、「法定後見」を選ぶしか選択の余地はありません。
裁判所の監督下で、不自由さが残る「任意後見」
判断能力が低下する前であれば、「任意後見」を選ぶこともできます。
「任意後見」は、本人が判断能力のあるうちに、本人の意思に基づいて、将来判断能力が低下した時に、財産の管理などを任す後見人を決めておくものです。
この任意後見人は、配偶者や子どもなどを指定しておくことができますので、「法定後見」と違って、赤の他人に通帳や印鑑を渡して、財産を管理されてしまうことはありません。
しかし、あくまでも裁判所の監督下で財産は管理されることになります。
裁判所が選んだ専門職の「任意後見監督人」に対して、財産管理の状況を報告したり、大きな買い物などの際は、お伺いをたてることになります。
また、裁判所の資料によると、「後見監督人」に対する報酬は、月額1万円~3万円となっています。
「任意後見制度」は、赤の他人に財産を管理される「法定後見」に比べると、家族が管理できるという面では、自由度が高い制度であるといえるかもしれませんが、裁判所の監督下という枠を超えることができないため、どうしても不自由さは残ってしまいます。
このような状況のなかで、親が元気なうちに「財産の凍結」に備えるために、「成年後見制度」に代わる新しい手段として、最近注目されている「家族信託」についてお伝えします。
「財産の凍結」に備える新しい手段「家族信託」とは?
「家族信託」を一言で表現すると「信頼するご家族に財産を託して管理してもらう方法」です。
「成年後見制度」と大きく違うところは、裁判所の関与がなく、「赤の他人」に財産の管理を任せたりすることなく、柔軟な管理を行うことができます。
親が元気なうちに「家族信託」を取り組んでおくことによって、親が認知症などで意思判断能力が低下した後でも、子どもに託した財産は子どもの意思で、親のために、管理・処分を行うことができるようになります。
具体的には、親に判断能力のある時に、親の財産のなかから、どの財産を子どもに託すのか、どのような財産の管理・処分を託すのか、などを決めて信託契約書を作成します。
その信託契約書に基づき、財産の名義は「形式的」に子どもの名義になります。
しかしながら、名義は子どもとなっていますが、あくまでも、財産からの利益を受け取るのは、親のままです。
通常、財産を所有する「所有権」は、財産からの利益を得る権利と財産の管理・処分を行う権利の両方を持っている状態ですが、家族信託を設定することにより、財産から利益を得る権利は親が持ち、管理・処分できる権利は子どもが持つことになります。
専門的な用語で説明すると、信託契約を設定する財産を「信託財産」、親は財産を託す「委託者」であり、かつ財産からの利益を得ることができる「受益者」、子どもは財産の管理・処分を託される「受託者」ということになります。
金銭、株式、不動産などが主な信託財産の対象となり、借金などのマイナスの財産などは、信託財産の対象にはなりません。
例えば、金銭を信託した場合、銀行などで「受託者」である子どもが、信託専用口座を開設することになります。(なかには、信託専用口座が開設できない金融機関もあります)
その名義は、銀行によって異なる場合もありますが「磯野波平 信託受託者 磯野カツオ」という風になります。
「受託者」である子どもは、親から託された財産を自分自身の財産と分けて管理・処分することになります。
「家族信託」でどんなことに対応できるの?
家族のなかで、契約内容を自由に決めて、財産の管理を行う「家族信託」は、様々なケースで活用することができます。
そのなかでも、最も活用されるケースが多いのが、成年後見制度に代わる生前の財産管理です。
例えば、このコラムの最初に書いた事例に当てはめると、母親が元気なうちに、定期預金(金銭)と自宅の管理・処分を子どもに託す信託契約を結んでおくと、母親が認知症になって、施設の入所する時に、受託者である子どもは信託専用口座から引き出しを行い、自宅を売却してその資金を入所費用や介護費用に充てることができます。
また、財産を誰に引き継がせるかを指定しておくこともできますので、「遺言書」の代わりとしての活用法もあります。
「成年後見制度」に代わる生前の財産管理と「遺言書」に代わる相続による財産の引き継ぎまで、ご家族の状況やご希望に合わせて、一貫してひとつの契約で実現することができます。
さらに、遺言ではできなかった次の相続より先の相続での財産の引き継ぎ先を決めておくことも可能です。
例えば、既に母親が亡くなっている父親(80歳)と長男(55歳)と長男の妻(45歳)が、先祖代々から引き継いできた父親名義の自宅に住んでいます。
長男夫婦には子どもがいなくて、近所に住む次男は、妻と子ども2人で住んでいます。
父親は、自宅を長男に相続させて、長男が亡くなった後は、やはり長年面倒を看てくれていた長男の妻に引き継いでもらいたいと考えています。
しかし、長男の妻が亡くなった後は、遺言書がない場合は、長男の妻のきょうだいや甥・姪が相続する権利を持つことになります。
先祖代々の土地が、長男の妻の家系に移ってしまうことになります。
今時、古臭いという考え方もあるかと思いますが、これでいいのと思われる方もいらっしゃると思います。
次の相続より先の相続での財産の行き先を指定しておくことができる「家族信託」を活用すれば、父親→長男→長男の妻→次男の子ども(孫)へと自宅を引き継いでいくように、父親が決めておくことができます。
「家族信託」は、家族の状況やご希望に応じて、信託の目的に反しない限り、契約内容を柔軟に決めることができるので、様々なケースで活用できるしくみです。
他にも、共有不動産や事業承継の対策、障害を持つ子どもの親なき後問題への対策にも活用することができます。
「家族信託」を取り組むにあたって大切なこと
このように多くのメリットがある「家族信託」ではありますが、取り組むにあたって、大切なポイントがあります。
それは、財産を託す人に意思判断能力があること、財産の管理を任せられる信頼できる家族がいること、そして家族の間で合意形成ができることです。
特に、「家族信託」を取り組みあたっては、家族間の合意形成はとても重要です。
「家族信託」は、財産を託す「委託者」と財産を託される「受託者」の2人で、契約を結ぶことはできます。
しかし、「受託者」は家族の財産とは言え、他人の財産を勝手に管理・処分できる権限を持つことになります。
管理や処分の方法によっては、他の家族から不満が出てくる可能性があり、家族間のトラブルになってしまう危険性があります。
そのようなことになっては、元も子もありません。
既に、親の財産を巡って、きょうだいで争いの火種がある場合などは、「赤の他人」に財産の管理を行ってもらう「法定後見」の方がベターな選択であることも考えられます。
様々なことを実現できる「家族信託」ですが、万能薬ではありません。
ご家族の状況やご希望によっては、「理想の老後・相続」を実現するためには、「成年後見制度」「遺言」などの他手段を活用したり、組み合わせたりすることも必要です。
70代以上の親を持つ方は、親の理想の老後や相続を実現するために、まずは、老後や相続について、総合的に相談できる専門家の意見やアドバイスを受けながら、家族での話し合いを行うことから始めてみてはいかがでしょうか?
老後のお金と相続の最初の相談窓口
ウェルビーイング・コンサルティング・オフィス
代表 寺田 尚平
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<保有資格>
・CFPファイナンシャル・プランナー
・1級ファイナンシャルプランニング技能士(国家資格)
・キャリアコンサルタント(国家資格)
・家族信託コーディネーター(家族信託普及協会)
・DCプランナー2級